歴史
香りに愛された島、そのはじまり
日本最古の歴史書「日本書紀」に、淡路島と香の縁が記されています。
推古天皇の即位から3年(595年)がたち、四回目の夏を迎えたときのこと。
両腕で抱えるのもやっとなほど大きな流木が淡路島に打ち上げられました。
島民は、それをかまどに置いてくべたところ、そこから立ち登る煙の香りが遠くにまで漂いました。
この流木が普通とは異なることに気づいた彼らは、それを天皇に献上することにしました。
この流木はお香の原料である「香木」でした。
「沈水(じみ)」という記述は、水より重く沈むこの香木の特徴に由来すると言われています。
淡路の村人たちは、観音像を作るための木材を探していた聖徳太子に、
両腕で抱えるのもやっとなほど太い、この漂着した香木を献上したところ、
聖徳太子はいたく喜び、この木を使った観音像を作り寺に奉納したと伝わっています。
日本最古の歴史書「日本書紀」に、淡路島と香の縁が記されています。
推古天皇の即位から3年(595年)がたち、四回目の夏を迎えたときのこと。
両腕で抱えるのもやっとなほど大きな流木が淡路島に打ち上げられました。
島民は、それをかまどに置いてくべたところ、
そこから立ち登る煙の香りが遠くにまで漂いました。
この流木が普通とは異なることに気づいた彼らは、
それを天皇に献上することにしました。
この流木はお香の原料である「香木」でした。
「沈水(じみ)」という記述は、
水より重く沈むこの香木の特徴に由来すると言われています。
淡路の村人たちは、観音像を作るための木材を探していた聖徳太子に、
両腕で抱えるのもやっとなほど太い、この漂着した香木を献上したところ、
聖徳太子はいたく喜び、
この木を使った観音像を作り寺に奉納したと伝わっています。
香りに愛された島、
そのはじまり
日本最古の歴史書「日本書紀」に、淡路島と香の縁が記されています。推古天皇の即位から3年(595年)がたち、四回目の夏を迎えたときのこと。両腕で抱えるのもやっとなほど大きな流木が淡路島に打ち上げられました。島民は、それをかまどに置いてくべたところ、そこから立ち登る煙の香りが遠くにまで漂いました。この流木が普通とは異なることに気づいた彼らは、それを天皇に献上することにしました。
この流木はお香の原料である「香木」でした。「沈水(じみ)」という記述は、水より重く沈むこの香木の特徴に由来すると言われています。
淡路の村人たちは、観音像を作るための木材を探していた聖徳太子に、両腕で抱えるのもやっとなほど太い、この漂着した香木を献上したところ、聖徳太子はいたく喜び、この木を使った観音像を作り寺に奉納したと伝わっています。
線香づくりのはじまり
島の西海岸に位置する江井浦は、廻船問屋が軒を連ねる港町でした。
しかし、冬場は西風が強く海が荒れるため、その季節、船乗りの生活は出稼ぎに頼るものでした。
そこで雇い主である七件の廻船問屋は、冬場の仕事として線香づくりに着目。
江井浦で紺屋(小間物屋)を営んでいた田中辰蔵は、泉州・堺で線香の製造技術を学び、
熟練の職人を引き連れて線香づくりを始めたと伝えられています。
島の西海岸に位置する江井浦は、廻船問屋が軒を連ねる港町でした。
しかし、冬場は西風が強く海が荒れるため、
その季節、船乗りの生活は出稼ぎに頼るものでした。
そこで雇い主である七件の廻船問屋は、冬場の仕事として線香づくりに着目。
江井浦で紺屋(小間物屋)を営んでいた田中辰蔵は、
泉州・堺で線香の製造技術を学び、
熟練の職人を引き連れて線香づくりを始めたと伝えられています。
線香づくりのはじまり
島の西海岸に位置する江井浦は、廻船問屋が軒を連ねる港町でした。しかし、冬場は西風が強く海が荒れるめ、その季節、船乗りの生活は出稼ぎに頼るものでした。そこで雇い主である七件の廻船問屋は、冬場の仕事として線香づくりに着目。江井浦で紺屋(小間物屋)を営んでいた田中辰蔵は、泉州・堺で線香の製造技術を学び、熟練の職人を引き連れて線香づくりを始めたと伝えられています。
淡路島で線香づくりが根ざした理由
淡路島に線香製造が根ざした主な理由は以下のとおりです。
・気候が適していたこと。
・原材料の輸入や、製品の輸送に便利であったこと。
・季節風が強く、船が港を出ることが困難であったため、家内工業が必要とされたこと。
・漁閑期の副業として、船乗りや漁師、農家など労働力が豊富であったこと。
これらの要因が、線香製造の拡大に大きく貢献しました。
FAQもご参照ください。
淡路島に線香製造が根ざした主な理由は以下のとおりです。
・気候が適していたこと。
・原材料の輸入や、製品の輸送に便利であったこと。
・季節風が強く、船が港を出ることが困難であったため、家内工業が必要とされたこと。
・漁閑期の副業として、船乗りや漁師、農家など労働力が豊富であったこと。
これらの要因が、線香製造の拡大に大きく貢献しました。
FAQもご参照ください。
淡路島で線香づくりが
根ざした理由
淡路島に線香製造が根ざした主な理由は以下のとおりです。
・気候が適していたこと。
・原材料の輸入や、製品の輸送に便利であったこと。
・季節風が強く、船が港を出ることが困難であったため、家内工業が必要とされたこと。
・漁閑期の副業として、船乗りや漁師、農家など労働力が豊富であったこと。
これらの要因が、線香製造の拡大に大きく貢献しました。FAQもご参照ください。